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「モモ」ミヒャエル・エンデ著


今回は、子どもにも読める面白い物語として広く知られている一方、テーマには近代社会に象徴的な社会問題の提起があるという次の作品を紹介したい。



ミヒャエルエンデは20世紀後半ドイツの作家で、つまり社会環境が同時期の日本に近い。工業化を急速に進めてひずみが起こっている社会にたいして観察がなされており、そして問題を提起している。(それらは21世紀に於いて、一部は解決されようとしているし一部は保留されている。)

主人公のモモの周囲の大人が語る、工業化された社会での苦しさについての一節はかつての左官屋の語る次の通り。
「手をひとつ動かすにも決められたとおり」
「まっとうな良心に反するような仕事をやってるんだ。…インチキ工事さ!…むかしはいまとちがって、…おれの仕事をほこりに思ったもんだ」

このうち一つ目はテクノロジーの進展により、限りなく自動化されて解決されようとしている。このように無駄にされている時間は、まさに現在進行形で解放されている。
しかし二つ目の問題は、資本主義の利益追求のひどさを指摘しているのだと思うが、むしろ制度の問題であって、言わば昔ながらの問題である。たとえば江戸時代の良心的な役人の上司に悪代官が就いたら同じような苦しさをもったことだろう。

二つ目の問題に解決はあるのか、今でもニュースには不祥事の問題があり困難をうかがわせる。
大人のあきらめの言葉として、本著では「あまり深刻に考えないこと、そんなの関係ないと思うこと」が広がっているという。しかし心であきらめきれず、「だんだんと関心を何にももたなくなって、心はからっぽで冷えきってしまう。退屈の病にかかる」と観察している。そしてそれを、「誰かのため」と言ってのみこもうとしていると指摘するのだ。

モモの友だちには子どもたちも登場するが、そうした心の冷えきった大人たちにまきこまれ、「役に立つこと」だけを「面白いの?」と考えることもなくつめこまされ、心の行き場のない、現在風に言うならキレやすい子どもにさせられていることを指摘している。
つまりこの本には3つの問題提起があって、テクノロジーが1つめの問題を解決しているが他の2つは未だに社会問題であり続けている。現在読んでも、示唆に富む一冊である。児童書というよりフランツ・カフカなどに近い社会小説だ。
カフカの現代社会の描写には、「城」が挙げられるだろう。

こちらも現代社会の作業の1つ1つをみたときの心のこもらなさの実態を述べているものだ。主人公の姿も輪郭が見えてこず、登場する人物もおこる出来事にも全て無気味な薄暗さが漂い続けている作品だ。
この二作について、メッセージ性やストーリー展開では「モモ」が優れていて、心のこもらない大組織の仕事の無気味さをひたすら表現する読み心地では「城」に特徴があると整理できる。

また、工業化され単純作業の増えたころ、一作業員の取り組み姿勢として神話を持ち出しつつ視点をかえる考えを紹介したものがカミュの作品に存在する。


これは作業をしながら変化していく自らに目を向けることで無意味性を克服しようという試みであり、目標意識よりもやらされ感で受験勉強をさせられる立場の学生に近いものがあるのではないだろうか。

学校の勉強に向き合い苦しむ学生というテーマではヘッセの車輪の下も挙げられやすい。

この作品は、たとえていうなら「モモ」に登場する子どもたちの一人を主人公にして、悲劇的に教育の問題点を疑問視しているようなものだ。
ここでは、「モモ」のようなハッピーエンドはないため読後感は言いようもなく暗い。助けが登場することもなく、社会の圧力の苦しさを延々と表現するかのようだ。読後感の強烈な暗さの分、読んできた人たちへの影響は大きかったはずだ。

社会のテーマをめぐる小説の代表的なものについて、興味があれば読んでみてはいかがだろうか。

http://blog.goo.ne.jp/kazunotesu
アクセスVISION: 社会にある色々なおしごとを考えるサイト
「歴史とは何か」E・H・カー著


この本は、一言でいえば日本史や世界史の勉強が百倍楽しくなる本である。
著者は学者で、「世界史の知識の整理がどのようにされているか」という観点から学び方・考え方を述べている。そしてそれは大学教授のような、日本史や世界史の教科書を作る側の方々も基本として学んでいる考え方だ。

内容も分かりやすく例え話も交えながらまとめてあるので、詰めこみ教育の色彩が強かった歴史の試験が得意でなかった人にとっても親しみやすいと思う。歴史を好きになるだろう。
[見解]
本書の見解は、
「歴史として語られるような出来事は膨大な出来事のなかから歴史家がその思想や文化的背景に影響されながら選んだもので、歴史は歴史家が作っている」
というもので、つまり実際にあった出来事を根拠にした学説も、その出来事を公平に選んでいるかは誰にもわからないから、根拠を出した分だけは確からしい、1つの仮説なのである。


これは人文科学を学ぶ際にも、しっかりと「科学者」としての意識をもつよう方向付けた本だとされる。歴史の教訓と言われるものも、数ある見方の一つに過ぎないのだ。

歴史のとらえ方を示す著作として比較対象になるのは、様々な社会を比較しつつ示唆を引き出そうとする試みの、トインビーの「歴史の研究」が挙げられる。
ただし分量ははるかに多い。


文明論の著作である本著では、どんな社会がよく発展をとげたのか、なぜスパルタは強烈な教育方針をもち能力を高めながら発展しなかったのか、など多くの分析が述べられている。
「世界の名著」シリーズは各著作につき、サイズの大きなものは主要部分をまとめるなどして整理してあるものなので、カーの著作に比べるとだいぶ分厚いものの興味をもって読めるだろう。

目線が短期的になりすぎていると感じるようなときの休息の時間に、歴史について読書するというのはどうだろうか。

長い視点で記された本として、僕の著作の紹介。本書は現在、1万年前、1万年後の生活について統計や予測から描いたものだ。日常をはなれた長い視野を持ちたいとき、カフェで読むのに良いかもしれない。スマートフォンで読めるので持ち運びも気にならない。


「存在と時間」M・ハイデガー著


ドイツの哲学者ハイデガーの代表作である本書は存在するということの可能性を考える本だ。
「人生一度きりだと分かってはいるが、大きなアクションを起こせない」という人が読めば自らの時間の過ごし方を考えるのに新たな視点を得られるのではないかと感じる。


[内容]
この本からのメッセージは、人生単位のゴールの設定をしようということである。そして、それを日常生活の延長のようにしてはたして考えられるか?と続けて問いかける。
存在を「可能性の束」とみたとき、その束ねられた可能性の全ては認識されておらず、日常化された意識によって簡単に把握できる部分にとどまっているから、考えられないのではないかという疑問の提起だ。
そしてその解決策について、以下のような論理を展開する。
・可能性はやがて一点に収束する。それは「いつかどこかで終わる」というところだ。
・そこを起点にして考えれば、人々は可能性の選択を後悔することがなくなり、今の姿についても、日常に埋没して見えていなかった可能性まで見ることが出来るようになる。
[比較と特徴]
相手を勇気づけ、自ら人生を考えてふみだそうというメッセージであるという点で、スティーブ・ジョブズのスピーチhttp://kazunotesu.jp/blog-entry-139.html?spは本書より優れている。
ジョブズ自身の経験からも、そこから考える人生観も、迫力をもって伝えてくれている。そして何より、本書の内容も簡潔な表現で含まれている。ジョブズが本書を読んだかどうかは分からないが本書を読む必要性は大いに減ったというべきだろう。

人生を考えるということを考える本としては、I・カントの「純粋理性批判」が比較対象だ。

この著作は、自然科学に対する知識の体系を記述し、考える側の認識の在り方を問い、そのなかで「神の存在の証明の不可能性の証明」をしているなど、知ることの限界を考えている。
これは「哲学とは学問の地図である」と述べてあるとおり、知識にどんな可能性があるのかを整理しようとしている試みである。18世紀後半の文明の基礎のような本だが、長いので、哲学者を志す学生でもなければ読む気分にならないかもしれない。

また、本書と同じくスピーチには劣るものの、力強く人生を進もうと述べている本としては、ニーチェの次の著作が挙げられる。

ここでは、長編の叙事詩の形式をとり、ニーチェなりの存在論を述べている。それは、存在は未来への懸け橋であり、何らかの弱さを克服していく「超人」として在り続けることこそ望ましいという主張である。他の2冊に比べると叙事詩だけあって考えるより感じるといった趣の本である。

人生のゴールというテーマについて、一つの見解を出している次の本を紹介したい。

ゴールドマンサックス会長にして財務長官も歴任した著者ロバート・ルービンは、経済的に成功した部下からの相談を何度かうけたエピソードを紹介し、こんなことを言っている。
「どんな素晴らしい成果をあげても、人生に求めることがわかっていなければ結局満足感は得られない」

変人と言われること気にせず、まずは本心を探すことだ。そこから、他の人にとらわれない、主体的な人生を歩み始めることになるだろう。



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こんにちは。読書アクセスを運営しておりますカズノリといいます。
趣味は読書とラジオを聴くことです。
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