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いろいろな幸福論の古典
人生の幸せはどうすれば手に入るのか。人生のゴールとか理想とか、どんなものがあるんだろう。これについては古来から考えられてきたし、今も考える人は多いだろう。今日はそのときに参考になる考え方を世界史から紹介し、それについて批判をする。

哲学者セネカは、著書「生の短さについて」で人生の意味を高めるのは「自らのためにのみ時間を使うこと」と定義し、それが生の充実をもたらすと述べた。ただし、それを哲学のために時間を使うことに限定し、「享楽にふける」等一部の行動は無条件に幸せでないと決めている。
これは道徳家の意見だ。何を人生のゴールにするか、人に決める余地を与えていない。たとえその通り生きたとしても、「セネカ的に幸せなんだろうな」くらいの感慨しか持てないだろう。これは道徳家の一意見に留めるべきものだ。

哲人皇帝マルクス・アウレリウスの「自省録」は人間の神性(ダイモーン)に従う生き方が最も充実すると述べ、道徳的振舞いとしての正解をその本の中でひたすら記述する。理性を用いて、ダイモーンのもとに行動することで魂を豊かにするのがゴールという。そして与えられた環境に心から適応することも述べる。
これはセネカより一層、道徳家の意見である。子どもの頃に聞いたような道徳論の集大成となっているが、人がゴールを自ら決める余地も、具体的な現実認識も示唆されていない。
後にアウレリウスは親族に帝位承継を行い政治的繁栄を終了させてしまった。

ヒルティの「幸福論」では、幸福を「倫理的世界秩序に対する堅い信仰」と「その秩序のもとで働くこと」と定義する。その理由は、これがなければ社会秩序が崩れて暴力の世界に陥るからだと述べる。(2つの条件は、「神のもとにあること」と「その思想に生きる」とも言い換えられる)
これはその時代にいたら本当にそうだと感じるのだろうが、議論の前提になる社会背景が違いすぎるので今読んで力になるかは不明である。幸せと社会を考える力にはなるかもしれないのでリンクを紹介する。
ヒルティは19世紀に国際法の大家として彼のゴールとする社会の実現に生きた。


ラッセル「幸福論」は最も有名な幸福論の一つだろう。ここでは不幸をもたらすものと幸福をもたらすものについて、具体的な事例をあげながら評論を進めている。
そしてその結論は、「食と住、健康、愛情、仕事の上の成功、仲間から尊敬されること」である。アプローチも結論も具体的で、一般に人生のゴールに挙げられることの多いものだと言えそうである。そしてそれらを得るために「客観的な生き方をし、自由な愛情と広い興味」をもつことを勧めている。
一つの広く共感されている人生のゴールと現実認識のモデルとして、学べるものが多いのではないかと感じる良書である。
幸せについて悩むのであれば、一度読んでみるとよいだろう。





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それにしても、古典のロープライスは本当にローだなと感じる。神保町でもこの値段で見つけられるかどうかという価格だ。
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